ヒーリング・フォレスト~物語と癒しの森から~

心理カウンセラー・執筆家による気づきと悟りへのメッセージ

ダイエットのいらない心理学

みなさんは懐石料理はお好きでしょうか。ちょっと高いイメージありますが、私はときどき、懐石料理をごちそうになる機会があります。


私は茶道をたしなんでおりまして、そこで懐石料理が出てきます。


お茶会で懐石料理? と思われる方もいらっしゃるかもしれません。


お茶の世界というのは、流派によって手前や作法、しきたりも変わるため、一概には言えませんが、私の流派では、師匠から聞いた話では、懐石とはそもそもお茶会の席で、会の主催者が来客をもてなすための料理なのだそうです。


ではなぜ「懐石」と書くのか。


昔、禅の修業をしていた僧が、寒さや空腹をまぎらすために温めた石を懐(ふところ)に入れていたことがあった。昔の僧ですから、とてもつつましく生活していたわけです。


客人をもてなしたくても食べさせるものがない、そこでせめてもの空腹しのぎにと温めた石を客に渡して、懐(ふところ)に入れてもらった、それが懐石料理のはじまりなのだそうです。


時は流れて、現代の日本。どこを見てもグルメ、グルメで、空腹とは無縁の飽食の時代になりました。懐石も、もともとの意味はなくなって、◯◯牛懐石とか、ただの豪華な日本料理になりました。


ここで空腹というものについて、私の専門分野から考えてみます。私たちは飢餓状態の空腹からは縁遠くなりましたが、いつも空腹感は持っています。


つまり、ほんとうにお腹が減ってから食べるというより、それほどお腹が減ってなくても食べてしまう。ただなんとなく口に入れてしまう。食べたくなって食べてしまう。


私は仕事がら、国内外の様々な論文を読みますが、5年ほど前に『食欲の心理学』(The psychology of food cravings)というのがありました。


そこには、とくにお腹が減っていないのに食べてしまうとき、私たちの脳内で何が起きているのかが記されてました。だいたい内容は以下のようになります。


食べたい、という欲求は、食べ物について考える、それだけで引き起こされます。


そして食べ物について考えれば考えるほど、食べたいものをより具体的にイメージすればするほど、この欲求は強くなります。


また食べ物についていろいろ考えたり、イメージすると、他の作業をすることが困難になる。結果として、頭が食欲でいっぱいになり、人は食へ向かう。…なんだか性欲に似ていますね。


よく職場なんかで、おいしいものを食べるためにがんばって働こう、とでもいうように、携帯端末やパソコンの壁紙をグルメ画像にしている人がいますが、上記の点からみると、これではいたずらに食欲が刺激されて、仕事どころではなくなる。どこでランチ食べようかしら、そんな妄想ばかりになってしまう。


また、それまでまったく頭になかったのに、同僚どうし、友達どうしでおいしいお店の話、メニューの話をしていたら、無性に食べたくなることもあるでしょう。


ただでさえ、今はどこを見てもグルメ情報ばかり。会話にしても、耳に入ってくるのはどこの何がうまいといった話ばかり。確かにそういう話はかなり盛り上がりますし、私も嫌いではないので、巻き込まれてしまったら、さすがに抵抗できません。


これでは日本人の食欲がおかしくなるのもしかたがないように思えます。


ところが、この食欲は何か別のことを考えることで抑えられるといいます。ますます性欲と同じですね。


つまり、やせたいのになかなかやせられない人は、身の回りのグルメ情報の渦のなかから逃れられなくなっているのです。性欲にしても、これだけ私たちの感情や情欲をあおりたてる扇情的なドラマや映画、広告、画像や動画ばかり見ていたら、誰でもすぐに変態になれます。そこまでいかなくても、いつも猥褻で卑猥な妄想にとらわれがちになります。


ではどうしたらいいでしょうか。


あなたが本当にやせたいと思っているなら、できる範囲で構いませんが、なるべくグルメ番組とか、グルメ雑誌、サイトのページなどを積極的に見ないようにします。目に入ってしまったら目をそらしてください。そしてあえて自分からどこの何がうまいといった話をするのを控えます。


これだけです。


そもそも頭が食欲でいっぱいになった人が、いくら苛酷な食事制限や、体の負担にしかならない運動をしたところで、費用と時間のムダ、長期的に効果は持続しません。なのに、世のほとんどの人がせっせとジムに通っています。高額なダイエットのプログラムに投資しています。


メディアによるグルメという情報に踊らされて、洗脳されて、搾取されて、たくさんのお金を使わされ、けっきょく手にするのは自分の命を危険にさらす脂肪と糖分では、あまりに悲しすぎませんか。


そしてここでやっと、かつて空腹をまぎらすために懐(ふところ)に石を入れていたのが、禅を実践する僧侶だったということが、重要なポイントになってきます。


茶道をしていると禅についても学ぶのですが、何かの欲が起こったとき、意識をどこか他へ向けたり、何かに集中することで、その欲によってわき起こるイメージ、雑念や妄想から遠ざかるというのも、禅の一つの考え方だからです。


おいしい話には注意しましょう、という話でした。

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